History

これまでの経過

2014年横浜大会招致決定まで

前史

  日本社会学会は国際社会学会(ISA)の創立(1949年)当初からのメンバーであり,創立当初から大きな役割をはたしてきた.世界社会学会議の日本開催は,1960年代後半から日本社会学会にとって大きな懸案だった.日本社会学会とISAの関係については,森岡清美・矢澤修次郎(1993)が詳しい.
 日本代表のISA理事に対して,60年代,70年代,80年代後半とほぼ10年おきにISA側から非公式の要請があった.ISA理事を務められた森岡清美・古屋野正伍・綿貫譲治会員らは,日本開催に意欲を持たれていた.しかし費用負担の大きさなどの点から時期尚早ということで,そのたびに立ち消えになっていた.1970年代に,東京開催を前提に試算した際には,1億円程度の資金が必要ということになり,誘致活動は延期された.福武直『福武直自伝 社会学と社会的現実』(1990)には,1974年の世界社会学会議開催に対する国際的期待がふくらむ中で,「学会の経済的実力では「学問小国」である」日本では開催の条件が整っていないこと,世界社会学会議の代わりにユネスコ国内委員会の協力を得て1973年にアジア社会学会議を東京で開催したこと,開催資金を集めるために苦労したことなど,当時の苦衷が述懐されている(福武, 1990: 375-84).1981年には,日本社会学会理事会で,日本開催の是非について,理事に対して郵送によるアンケート調査を実施したが,時期尚早という意見が支配的だった.80年代後半にも,ISA側から要請があったが,日本開催に向けた気運が盛り上がるには至らなかった.
 アジア社会学会議は73年の東京に続いて,1981年に東京で,84年に神戸で開催されている.このように,アジア地域での国際交流を積み重ねていくことが重視された.
 1991年に国際社会学機構(International Institute of Sociology, IIS)の世界会議が神戸で開催されたことも特筆される.

日本招致案の背景と意義

 2005年3月の理事会は,将来の学会活動の方向性を検討した.その折に国際交流委員会などから提起されたのが,世界社会学会議の日本招致である.将来計画特別委員会を設置し,学会の法人化などとともに,世界社会学会議の日本招致の意義や実現の可能性が検討されることになった.
  1)グローバル化・国際化にともなって,社会学の国際交流が進展し,調査や国際会議出席のための海外への渡航や海外の研究者の日本訪問が日常化してきたこと.
 2)米国の大学などで学位を取得した若い研究者を中心に,韓国・台湾・中国などの東アジアの社会学者の英語での国際発信が目立つようになり,これらの国々や地域に比して立ち後れた感のある日本の社会学の国際発信の必要性が喫緊の課題として意識されるようになってきた.
 3)心理学会,宗教学会,政治学会など,隣接領域で世界大会が開催されつつあり,社会科学の中でも,社会学の国際化の立ち後れが強く意識されたこと.
 4)大学や学問も「競争」と「生き残り」の時代を迎えつつある.社会学の国内での存在感を高めるためにも,社会学者の大学内外での自己主張のためにも,世界社会学会議の日本招致は意義を持ちうること.
 5)1990年代以降,1991年の国際社会学機構世界会議(神戸市)の開催,1997年のISA理事会(東京都),2000年のアジア太平洋社会学会議(神戸市)のほか,ISAのRC(リサーチ・コミッティ)の大会の日本開催も相次ぎ,大小の規模の国際会議開催の経験が少しずつ蓄積されてきたことなどがある.
 スウェーデンのヨーテボリでの開催が確定している2010年大会に続く,2014年大会の招致が検討されることになった.
 6)90年代以降の大学院の拡充にともなって,日本社会学会の会員数は増大し,現在約3600人だが,今後は18歳人口の低下にともなって,会員数が減少していく可能性が高い.研究者の層が厚く,国際会議の経験も豊富な「団塊の世代」前後の世代と,50歳代・40歳代・30歳代の研究者が協力して大会開催にあたることができるという観点からも,2014年大会の招致は,絶好のタイミングと認識された.
 7)アジアでの世界社会学会議の開催は,1986年のニューデリー大会のみである.日本招致は,東アジアでのはじめての開催という意義を持つことにもなる.2014年大会の招致をめざしている国は,ほかにはまだないという情報も,ISA側から伝わってきた.2014年という好機を逃すと,韓国や中国での開催が先行し,世界社会学会議は日本では今後2・30年にわたって開催できなくなる可能性も指摘された.2014年はラストチャンスであり,もはや先送りできないという認識が理事の間に急速にひろがった.
 8)東アジアでの開催は,欧米中心の社会学のあり方に対して,アジア側から一石を投じる意義も少なくない.

招致決定までの歩み(2005年3月—08年3月)

  • 2005年3月27日,第7回理事会(細谷昂会長)で,学会の長期計画として世界社会学会議の日本招致を検討するための小委員会の設置が協議された.
  • 2005年8月9-11日,米国フロリダ州マイアミで開かれたISAの各国アソシエーションの代表者会議(Council of National Associations, CNA)に日本代表として出席した高坂健次理事(国際交流委員長)が,ISA側から,2014年大会の日本開催の可能性について打診を受けた.
  • 2005年10月21日,総会において,世界社会学会議の日本招致と学会の法人化を中心的な検討課題とする将来計画特別委員会設置規則を承認.同委員会(委員長矢澤修次郎)が発足した.
  • 2006年6月4日,第11回(臨時)理事会で,将来計画特別委員会の中間答申案を受けて,世界社会学会議招致問題を集中的に審議した.
  • 2006年7月9・10日,将来計画特別委員会の矢澤修次郎・長谷川公一・安立清史の3委員は,福岡市で開催の世界政治学会世界大会を視察した.
  • 2006年7月27日,日本社会学会推薦の佐藤嘉倫会員がISAの理事に当選した.
  • 2006年10月27日,総会で「学会は,日本社会学の国際化を本格的に推進するためのステップとして,2014年の第18回世界社会学会議を日本に招致することを目指す」とした将来計画特別委員会(計6回開催)の最終答申の提案が承認され,新理事会(井上俊会長)に引き継がれた.
  • 2006年11月26日,第2回理事会は,日本招致に向けた検討・活動をすすめるために将来計画特別委員会世界社会学会議招致部会(部会長鳥越皓之)の設置を決定した.
  • 2007年1月6日,第1回世界社会学会議招致部会を開催.以後08年3月16日まで計8回開催.
  • 2007年2月23日,招致文書(BID)作成や関連情報収集などの実務的作業にあたる世界社会学会議招致部会専門委員会が発足した(以後08年3月16日まで計7回開催).
  • 2007年3月10日,第4回世界社会学会議招致部会で,開催地候補都市の福岡・神戸・横浜市がプレゼンテーションを行った(東京都は辞退).
  • 2007年3月15-7日,招致部会の長谷川公一・藤村正之・三隅一人3委員が,3候補都市の会場を視察した.
  • 2007年4月14日,第5回招致部会で開催候補地を横浜市(パシフィコ横浜)に決定した.2014年の日本社会学会大会を世界社会学会議の直前に東京大学で開催することとともに,7月16日の理事会で承認された.
  • 2007年11月16-8日,ISAのヴィヴィオルカ会長を日本社会学会大会に招聘し,講演を行うとともに,会場となるパシフィコ横浜を視察し,あわせて横浜市副市長,日本社会学会理事・招致部会委員,一般会員らと懇談の機会をもった.
  • 2007年12月27日,BIDをISA事務局に対して提出した.
  • 2008年3月29日,フィンランドのロバニエミで開催されたISA理事会で,トロント・横浜・サラゴサ(スペイン)がプレゼンテーションを行い(メキシコのモンテレーは棄権),満場一致で2014年の世界社会学会議の横浜開催が決定した.
  • 2008年3月30日,横浜開催の正式決定を受け,第6回理事会で,組織委員会準備会の設置と組織委員会の立ち上げ(準備会から切り替える)が承認された.